ピコ通信/第178号
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目次
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香料に関する二つの研究を紹介します
合成香料の人の健康や生態系への影響についての国内の研究はほとんど見当たらないのですが、その中で比較的最近の二つの研究(概要)を紹介します。 1.イルカなどの海生動物、そしてヒト脂肪、母乳からも合成香料を検出 日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究/新規有害化学物質「合成香料」によるヒトおよび生態系の汚染とリスク評価に関する研究 2005年度〜2007年度 實政 勲 熊本大学・自然科学研究科教授ら 近年人工(編集注:合成)香料による水質や魚類等の汚染が報告され、その生物蓄積性や環境リスクが懸念されるようになった。そこで本研究は、人工香料による生態系およびヒトへの汚染現況とそのリスク評価を解析した。 はじめめに有明海の海水とそこに生息する様々な栄養段階の海洋生物を採集・分析したところ、ほぼ全ての試料から環状型香料のHHCB注(CAS注:1222-05-5)とAHTN(同:21145-77-7)が検出され、この種の物質による汚染の存在が明らかになった。とくに、海洋生態系の高次捕食動物である海生哺乳類(イルカ)や鳥類(カモ・カモメ)からHHCBの蓄積が確認され、その生物濃縮係数(海水とイルカの濃度値)は12,000(編集注:比較的高値)を示した。野生の高次生物から合成香料が検出されたのは世界初のことで、これらの予想を超える生物蓄積性が示された。 また、合成香料による汚染の経年変化を調べるため、過去30年間に日本近海で採集したイルカを分析したところ、HHCB濃度は1980年代半ばから近年にかけて増加しており、香料汚染が現在も進行中であることがわかった。合成香料は、香水やシャンプー、ハンドクリーム、消臭剤等の日常生活品に多く含まれていることが明らかになり、生活排水が集められる排水処理施設が、環境への放出源である可能性がうかがえた。 九州内の病院等から採集されたヒトの脂肪および母乳を分析したところ、いずれの試料からもHHCBが検出され、日本人における人工香料の汚染が初めて確認された。母乳中に合成香料が検出されたことは、授乳を介してこれらの物質が母子問移行することを示しており、化学物質に敏感な乳児への影響が懸念された。 また、5種類の合成香料を対象に甲状腺ホルモンレセプターを介した細胞のアッセイを試みたところ、一部の物質(編集注:HHCB、AHTN含む)がホルモン撹乱作用を有することが明らかになった。合成香料のように、海洋生態系の高次動物にまで生物濃縮され、現在も汚染の進行が窺える化学物質が見つかる例は、他には多くない。 ヒトへの汚染拡散や乳幼児へのリスク、さらにホルモン撹乱作用の懸念を考慮すると、一部の合成香料の製造・使用について何らかの制限を設ける必要があると考えられた。 注:HHCB:1,3,4,6,7,8ヘキサヒドロ4,6,6,7,8,8ヘキサメチルシクロペンタγ2ベンゾピラン。 AHTN:6-アセチル-1,1,2,4,4,7-ヘキサメチルテトラリン 両物質とも人工麝香(じゃこう)。高価な天然香料の麝香に似た香りがある。化粧品や洗剤などに広く使われ、 非常に高い濃度で含まれる香水があることも報告されている。 注:CAS登録番号とは、化学物質を特定するための番号。CAS番号、CASナンバー、CAS RNとも呼ばれる。 2.芳香剤・消臭剤が室内空気質に大きな影響を及ぼすことが分かる 室内空気中の総揮発性有機化合物 (TVOC)に対する芳香剤・消臭剤の影響に関する研究―神野透人(国立医薬品食品衛生研究所)ら 2007年 国立医薬品食品衛生研究所報告 http://www.nihs.go.jp/library/eikenhoukoku/2007/072-078.pdf はじめに いわゆるシックハウス症候群/化学物質過敏症などの健康被害が顕在化し、社会的にも重大な問題となっている。 現在、13物質について室内濃度指針値が策定されており、室内空気中の総揮発性有機化合物(TVOC)については400 μg/m3の暫定目標値が設けられている。建材に関しては低減化対策が講じられているものの、平成16年度に実施した全国調査の結果では依然としてTVOC暫定目標値を超える家庭が30%程度存在していた。したがって、もう一つの主要な発生源であると考えられる家庭用品についても、製品の使用あるいは設置に伴う室内空間へのTVOC負荷を定量的に評価しておくことが必要であると考えられる。 そこで、本研究では建材等の試験に標準的な方法として用いられている小形チャンバー法を据置型の消臭・芳香剤及び消臭剤30品目に適用し、室内空気中のTVOCに対する影響を検討した。 結果と考察 放散試験開始から3日後に検出されたTVOC及び主なVOCs、カルボニル化合物をまとめた。 室内用消臭剤6製品のTVOC放散速度(注)の平均は58μg/unit/hであるのに対し、室内用消臭・芳香剤16製品の平均は1、400μg/unit/hと20倍以上高い値であった。自動車用製品でも同様の傾向がみられた。 極めて高いTVOC放散速度が観察された試料2試料ではホルムアルデヒドの放散が認められ(5-6μg/unit/h)、 4試料からはアセトアルデヒドの放散が認められた (5-49μg/unit/h)。それ以外にもアセトン、ベンズアルデヒド等が検出された。 放散速度を基にして室内空間における気中濃度増分予測値を算出した。据置型消臭・芳香剤及び消臭剤の使用に伴うTVOCの気中濃度増分予測値が、暫定目標値400 μg/m3の10%を超えるものが30試料中20試料(67%)存在した。 また、単独でTVOCの暫定目標値を超える予測値が得られたものが2試料存在した。 特に、室内用消臭・芳香剤によるTVOC気中濃度増分予測値は16製品の平均で170 μg/ m3(暫定目標値の40%に相当)であり、据置型消臭・芳香剤の使用が室内空気質に大きな影響を及ぼす可能性を示唆する結果が得られた。 注:放散速度:1時間あたりに、どのくらいのVOCが放散されているのかを計るもの。室内濃度指針値は濃度なので、放散速度を濃度に換算する必要がある。 (まとめ 安間節子) |
2013年4月28日−5月10日
バーゼル、ロッテルダム、ストックホルム条約 締約国会議及び拡大合同締約国会議 概要(1) これまでの経緯 本年4月28日(日)〜5月10日(金)、スイスのジュネーブで、ストックホルム条約第6回締約国会議(SC COP6)、バーゼル条約第11回締約国会議(BC COP11)及びロッテルダム条約第6回締約国会議(RC COP6)、並びに第2回3条約拡大合同締約国会議(ExCOPs2)が開催されました。この3つの条約は、有害な化学物質及び廃棄物に関わる重要な国際条約であり、同時に開催されたそれぞれの締約国会議(COPs)で、条約毎の技術的な課題や運用上の課題が討議され、また拡大合同締約国会議(ExCOP)では、3条約間の協力及び連携の強化による効率的な国際的対策の実施についての議論が行われました。 これらの会議の経緯や概要について、IISD(*)の会議報告記事、会議に参加した様々なNGOsの報告書、及び政府やUNEP等の発表資料を基に、ピコ通信の今月号と来月号で紹介します。本稿ではこれらの条約の今回の会議にいたるまでの経緯を主に紹介します。 ■化学物質と廃棄物に関する条約のこれまでの経緯 ◆拡大合同締約国会議(ExCOPs1) バーゼル条約、ロッテルダム条約、ストックホルム条約の第1回拡大合同締約国会議(ExCOPs1)は、2010年2月22〜24日にインドネシアのバリで開催されました。これらの3つの条約は、それぞれに事務局が設置され別々に運用されてきましたが、3つの条約が共通の目的(有害な化学物質及び廃棄物から人の健康や環境を保護すること)を持っていることから、3条約間の協力及び連携の強化による効率的な国際的対策の実施を目的として開催されました。 この会議は、3条約の合同事業、合同活動、予算サイクルの同時性、合同監査、合同管理機能、計画の見直しに関する包括的な協働決議を採択しました。また、決定された作業の進捗状況について2013年に予定される3条約の締約国会議においてレビューを行うこととされました。 ◆バーゼル条約 バーゼル条約(BC)は、1989年に採択され、1992年5月5日に発効しました。毎年世界中で生じる推定400万トンの有害廃棄物の管理、処分、及び国境を越える移動についての懸念に対応するために制定されました。同条約の指針原則は、有害廃棄物の国境を超える移動は、最低に削減されるべきこと、環境的に適切な方法で管理されるべきこと、できる限り発生源の近くで処理/処分されるべきこと、発生源を最小にすべきことです。 バーゼル禁止令発効手続きの問題 1989年に採択されたバーゼル条約も実際は、有害廃棄物の途上国への輸出を禁止するものではなく、むしろ有害廃棄物の合法的取引に資するものであると非難されました。特に電子廃棄物が先進国から中国やアフリカに送り込まれ、そこで行われる原始的なリサイクル作業による環境汚染の実態が、2000年代の初めにバーゼル・アクション・ネットワーク(BAN)により映像で報告され、世界中に衝撃を与えました。 アフリカ諸国、その他の発展途上国、グリーンピースなどがこの条約を糾弾し、この条約の枠組みの中で禁止を実現するための活動を繰り広げ、日本、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージランドなどJUSCANZグループなどの強い反対があったにもかかわらず、後に"バーゼル禁止令(Basel Ban)"と呼ばれる合意が1995年9月に開催されたバーゼル条約第3回締約国会議(BC COP3)で採択されました。この禁止令は、付属書Zに記載されている国((EU、 OECD、リヒテンシュタイン)から付属書Zに記載されていない国への最終処分とリサイクルを目的とした有害廃棄物の輸出を禁止するというものです。 しかし、このバーゼル禁止令の発効手続きについて締約国間に大きな見解の相違がありました。第17条第5項によれば、修正の発効は、"それらを受諾した"締約国の少なくとも4分の3が批准したときに生じるとあり、"それらを受諾した"という表現について、したがって禁止令の発効に必要な批准国数についての解釈が異なりました。禁止令を推進する締約国らは、1995年の採択時に実際にそこにいた国(82か国)の4分の3以上の批准で発効するとし、62の批准で発効すると主張しました。 一方、禁止令を阻止しようとするJUSCANZグループなどは、現在の締約国の4分の3がバーゼル禁止修正条項を批准しなくてはならないと主張しました。(現在の締約国は180か国なので135か国の批准が必要) 国家主導の取り組み(CLI)による調停 しかし、2011年10月にコロンビアのカルタヘナで開催されたバーゼル条約第10回締約国会議(BC COP10)は、インドネシア及びスイスによる国家主導の取り組み(CLI)に関する決議を採択しました。国家主導の取り組み(CLI)は、第17条5項の解釈を明確にし、禁止令は、それが採択されたCOP3に出席していた締約国数の4分の3、すなわちIISDによれば87か国のうち66か国が禁止令を批准したときに発効するとしました。バーゼル・アクション・ネットワーク(BAN)によれば、2011年10月現在、51か国が禁止令を批准しているので、残りは17か国となり、2〜3年で実現することが期待されるとしています。 ◆ロッテルダム条約 ロッテルダム条約(RC)は、1998年9月に採択され、2004年2月24日に発効しました。同条約は、国連食糧農業機関(FOA)と国連環境計画(UNEP)により提案された、有害物質等の貿易における自主的なPIC手続き(事前通報・同意手続)を、法的な拘束力をもつ義務的なものにしました。PIC (Prior Informed Consent)手続きとは、同条約の付属書Vに記載される特定の有害化学物質等の輸入の可否について事前に参加国の意思を確認し、当該化学物質等の輸出については輸入国側の意思を尊重して対応するという制度です。 環境省の資料によれば、2005年2月1日現在、39物質が同条約の対象であり、その多くが駆除剤です。 http://www.env.go.jp/chemi/pic/chart.html 2011年6月に開催されたロッテルダム条約第5回締約国会議(RC/COP5)で、アルジカルブ、アラクロール、及びエンドスルファンを新たに対象物質とする決議が採択されました。 2012年3月に開催された第8回化学物質検討委員会(CRC8)は、ジコホル;トリクロルホン;ペンタBDE)及びペンタBDE混合物;ペルフルオロオクタンスルホン酸及び塩類;パラコートなどを対象物質とすることを採択し、2013年の締約国会議(COP6)で討議することにしました。 アスベストについては下記の5種類がすでに対象物質でしたが、最も使用量の多いクリソタイルは対象物質ではなく、今回のCOP6で討議されましたが、インドやロシアの反対でCOP7に先送りされることになりました。 現在の対象アスベスト類 アクチノライト、アンソフィライト、アモサイト、クロシドライト、トレモライト ◆ストックホルム条約 ストックホルム条約(SC)は、2001年5月に採択され、2004年5月17日に発効しました。同条約の締約国は、現在、179か国です。 同条約は、2001年に採択されたときに、国際的な行動を求めるべき3つのカテゴリーに分類される次の12の残留性有機汚染物質(POPs)を定め、廃絶(リストA)又は制限(リストB)することにしました。
各国政府は、新たな残留性有機化学物質(POPs)の広がりを防止する一方で、既存のPOPsを代替するために利用可能な最良の技術(BAT)及び環境のための最良の慣行(BEP)を促進することになっています。 次号では、3条約の各締約国会議及び拡大合同締約国会議の概要(2)を紹介します。 (まとめ:安間武) 訳注(*) IISD: International Institute for Sustainable Development http://www.iisd.ca/vol15/enb15210e.html |